15 吹雪越え



 ガブリエルが言うには、
 ライリアはある曇り空の日の午後、ふらりと一人でやってきたのだそうだ。
 港から、少しの装備と地図を片手に、バックパッカーのように歩いてやって来た。
 随分前に亡くなったナザレスの写真を、古い新聞のデータで見つけ、ガーデンを訪ねて来たのだった。
 ナザレスが随分前に亡くなったことを言うと、ライリアはとても残念そうだった。
 しかし、もしよかったら彼のここでの様子を話してほしいとライリアは言い、ガブリエルはうなづいた。
 ガブリエルたちはその日、越冬のための野菜を干し、漁師から羊のために入手した海苔の塊の一部で、自分たちがビスケットに塗って食べら れる煮物をつくっ ていた。手を休めて対応しようとすると、ライリアは仕事が終わってからでいいと言った。そして野菜を運ぶのを手伝い、夕方にはガーデンの 犬を使って羊を全 て集め、小屋に追い込んでくれた。…親切な旅人だとガブリエルは神に感謝した。
 ガーデンは自称魔女たちの集まりだ。いつでも男手は不足していた。だが、そうでなくとも、ライリアくらいの素敵な男性なら、誰でも歓迎 したはずだ、とガ ブリエルは笑った。夕食を振る舞い、ガーデンの仲間がケンカにならないよう、集落の端の空き家をみんなで掃除して、ライリアを一人で泊め ることに決め、衆 知してから、ナザレスととくに仲の良かった2〜3人…その中にはガブリエルも含まれていた…が、ライリアにナザレスの思い出 を語った。
 話した内容は雑多なことで…何かことさら意味のあるものでもなかった、とガブリエルは言った。
 故人を偲ぶ思い出語り…そんな雰囲気だったと。
 ライリアは魔女たちに乞われて、しばらくガーデンに滞在し、女たちの頼む仕事を何でも手伝ってくれたそうだ。
 ある朝、うっすらと雪が積もるのをみたライリアは、唐突に暇を告げ、ガーデンをあとにした。ライリアにここに残ってくれるよう、重ねて 頼んだ若い美しい女もいたが…ライリアはまるで冗談を言われたかのように笑っただけだった。

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「…ナザレスの話をきいたライリアはどんな様子だった?」
 いつきが尋ねると、ガブリエルはいった。
「…実に彼らしい、と笑っていました。」
「…笑ってた…」
「はい。…ナザレスはちょっと変わった人で、ほほえましい思い出も多かったので…
故人ですから、なるべくみな楽しかった思い出などを言う者が多かったのでしょう。
わたしもそうしました。」
「ライリアは友達に会いたくてここに来たのだと思うけど…
結局思い出話を聞いて帰ることになったんだね。
ライリアはどうしてナザレスに会いたいと思ったのかな。」
 …それによっては今後のライリアの行動がかわってくるかもしれない。
 ガブリエルは言った。
「ライリアは…自分のことは簡単にしか語りませんでしたが…
子供のころから身柄を拘束され監視されて育って、自由に憧れていたと…言っていました。
でもある日唐突に空が開けて、まったくの自由になってしまって、
自分が何をすべきかわからなくなったと…
そのとき、自分よりもっと若くして自由になった友がいたことを思い出したと…
だから久しぶりに会ってみたかったと…。」
 いつきは驚いた。
 それはおおよそ、自分のなかにあるライリアのイメージとはかけ離れていた。
 まるで、弱気で、寄る辺ない人間のような発言だった。
「…クライストは…勢力争いのとばっちりでドームから逃げたって父に聞いてます…」
「私もライリアからそうきいているわ。本人から聞いたときはてっきり冗談かと思ったけれど。」
「…きれいな男だったでしょ…総長の愛人だったんだって…。
その総長が失脚しかかって…クライストの保護者だった人も戦死して…危なくなって逃げたってききました。」
ガブリエルはクスリとわらった。
「ずいぶんはっきりいろんなことを言うお父様だったのね。」
「…そう…ですね。それも幼い女の子にね。ひどい父親。ライリアとはデリカシーがちがう。」
 あっちのほうで陽介が「お前がデリカシーとかいうか」という顔で見ていたが、いつきは無視して言った。
「…この後、どこへ行くとか、そんなことは言っていませんでしたか。」
 ガブリエルは首を横にふった。
「みなたずねたのですけれど、微笑んでいただけでした。」
 …その情報は、ナルミがたどり着いて少しは知っていた。
 球体都市客船に乗ったのだ。今はアフリカの西か南を航行しているはずだった。
「…そうですか…」
「…へー、久しく来ない間に、そんな男性がきとったん。おねいさんたち、きゃわきゃわやな。」
 ソーヤが壁際の水槽の中を覗き込みながら言った。
「そうね。大騒ぎだったわよ。」
「…あたし、ちょっと頭冷やしてくる。」
「頭冷やすってイツキさん、凍りますよ?」
いつきはソーヤの声には答えずにドアから外に出た。
…凍るくらいでちょうどいいのだ。いつきはライリアや父とおなじ、血筋の戦士なのだから。



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20150219

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